【ポイント】
・ 日本の天然記念物であるニワトリの品種「チャボ」の小柄で短脚(手足が短い)という珍しいチャボ特有の形を作る遺伝子は何か、という古くからの謎を解明しました。
・ チャボが小柄で短脚(手足が短い)の理由は、骨を長く成長させる遺伝子であるインディアンヘッジホッグ(IHH)という遺伝子が壊れていることが原因であることが分かりました。
・ チャボは切断されたDNAの修復を行うNHEJ1という遺伝子も壊れていることが分かりました。
・ チャボの卵の1/4が孵化しない理由は、父親と母親由来のNHEJ1遺伝子がどちらも壊れているため孵卵中に細胞死が起こり、孵化前に死んでしまうからであることが分かりました。そしてこれらニワトリ胚の細胞は放射線に感受性であることが分かりました。昔の日本人はこのような手間のかかるチャボの飼育を丁寧に行い、現在まで系統を保存してきたことが分かりました。
・ ヒトではIHH遺伝子の異常が骨系統疾患の原因となること、NHEJ1遺伝子の異常が免疫不全症、成長障害、DNA修復異常による放射線高感受性疾患、小頭症などの神経疾患などを発症する遺伝病[NHEJ1(XLF)症候群・RS-SCID]の原因になることが知られています。一方で、NHEJ1に異常があるマウスモデルではヒトの病態を再現できないことから、チャボはこのような遺伝病の医学実験モデルとして貢献することが期待されます。
【研究の背景】
日本の天然記念物であるニワトリの品種、矮鶏(チャボ)(図1)は小柄で短脚(手足が短い)という珍しい形態をしていることから、古くから愛玩用の鳥として日本全国の小学校や愛鶏家の間で飼育されてきた、日本人にとって馴染みのある鶏です。江戸時代には大名の間で何十両という高額な値段で取り引きされていました。この他にも、チャボの卵を温めると1/4の卵で雛が孵化しないことが知られており、チャボ特有の形を作る遺伝子との関係が指摘されてきました。一方で、ニワトリの研究成果は、「発がん遺伝子の発見」、「ウイルスによる発がんの発見」、「DNA修復メカニズムの一端の解明」など、ヒトのがんやDNA修復研究を先導し、それらの研究成果の一部にはノーベル賞が授与されるなど、ニワトリは医学実験モデルとしても重要な役割を果たしてきました。
今回私たちは、チャボ特有の形を作る遺伝子を同定するために、遺伝学の方法を用いました。具体的にはチャボと手足の長さの正常なニワトリをかけあわせ、得られた卵をたくさん孵化させました。そしてこの子どもたちが大きくなった後にランダムにかけあわせを行い、チャボのように手足が短いものと正常なもの、手足が極端に短く孵化前に死んでしまうものに分けてそれぞれの遺伝子の配列を比較しました。また、これらの分子メカニズムを解明するために、発生生物学や分子細胞生物学の手法を用いて解析を行いました。その結果、手足が短い個体では、骨を長く成長させる遺伝子であるインディアンヘッジホッグ(IHH)と切断されたDNAの修復を行うNHEJ1という2つの遺伝子が同時に壊れてなくなっていることが分かりました。この結果から、日本全国で飼育されているチャボはインディアンヘッジホッグ遺伝子が壊れているために手足が短くなることが分かりました。分子細胞生物学研究の結果、ニワトリのNHEJ1タンパク質はヒトのNHEJ1タンパク質と同様に、Ku(Ku70/Ku80)タンパク質依存的なDNA二本鎖切断修復機構で働くために、DNA損傷が生じた直後に損傷DNAに集まり修復する能力を持つことが分かりました。一方、チャボの壊れたNHEJ1遺伝子はKuタンパク質と結合する部分をコードする遺伝子領域が壊れていることが分かりました。また、手足が短い個体から採取した細胞に放射線を照射し二本鎖DNAを切断すると、修復を行うためのNHEJ1遺伝子が2つとも壊れている場合には、長時間にわたってDNAが切断されたまま残っていることが分かりました。このことから、NHEJ1遺伝子が2つとも壊れている個体では、放射線を浴びなくても体の中で自然に発生するDNAの傷が治らずにそれらが蓄積して孵化する前に死んでしまうと考えられます。これがチャボの卵をあたためても1/4の卵が絶対に孵化しない理由であることが分かりました。
【成果の意義】
・ チャボの小型で可愛い形が生み出される分子メカニズムを解明しました。
・ チャボはその可愛らしい姿から愛玩用の動物として昔から飼育されて来ましたが、その原因がIHHとNHEJ1という2つの遺伝子が壊れている生物であることが分かりました。
・ チャボどうしをかけあわせても、1/4の確率で手足の長さの正常なニワトリが産まれてきます。今回の研究成果によって、PCRでチャボの遺伝子をチェックできるようになったためより正確にチャボの系統維持ができるようになりました。
・ チャボの胚や胚由来の細胞が、放射線治療や抗がん剤治療の高度化に重要な、 Ku(Ku70/Ku80)タンンパク質依存的なDNAの二本鎖切断損傷を修復するメカニズムを解明するための新たな生物モデルとなることが分かりました。
・ IHH遺伝子やNHEJ1遺伝子の異常に由来するヒトの遺伝病が知られていること、2つの遺伝子機能がニワトリとヒトの間で保存されていたことから、チャボがこれらのヒトの遺伝病の発症メカニズムの解明や治療法開発のための新たな医学実験モデル生物として貢献する可能性を示すことができました。
【用語説明】
・かけあわせ: 雄と雌を交配すること。
・硬骨: 軟骨(やわらかい骨)から形成される硬い骨。大人の骨のほとんどは硬骨である。
・PCR: 増やしたい遺伝子を増幅させることが出来る方法
・インディアンヘッジホッグ(IHH): 軟骨から硬骨を作る遺伝子。これがないと硬骨が出来ず骨が長く伸びない。ヒトの骨の疾患の原因遺伝子として報告されている。
・NHEJ1(別名 XLF, Cernunnos): 放射線によりDNAの二本鎖切断損傷が生じた時に、Ku(Ku70/Ku80)タンパク質と共同して損傷DNAを修復する働きを持つタンパク質をコードする遺伝子。ヒトのRS-SCID(放射線高感受性重症複合免疫不全症)やNHEJ1(XLF)症候群の原因遺伝子。
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